86.
第十話 延命ポン
昨年度よりプロ麻雀師団はルール変更を行い、今までは採用していなかった持ち点ゼロを割ったら終了というルールをリーグ戦で採用することになった。これを通称『飛び終了』と言いフリー雀荘なら100%採用しているルールである。そのほかにも2人同時にアガリになった場合のルール『ダブロン』も採用した。
どうやら競技者(プロ)たちもフリー雀荘に沿ったルールにしておくべきであるという結論になったようだ。フリー雀荘と似通ったルールでやってこそ『プロは強いな』という話になるのだから。特殊なルールのサークルでてっぺん取ってもしょうがないのだ。
それに、飛び終了ルールは麻雀に戦術の深さを与えてくれる。つまり、見逃しや直撃狙いという条件作りだ。これを上手く計算して勝ち切る人こそが本物の強者だと言える。
そんなわけで、飛び終了のルールがある四回戦。ミサトはメグミの東場の猛連荘で飛ばされる寸前まで追い詰められていた。
南2局一本場15巡目にミサトはこの手。
ミサト手牌
二三四③④22666(777)
200点持ち ドラ二
ミサトは断ラスで現在は北家。2000点テンパイ中だ。
トップ目は上家のメグミでなんと72300点!
メグミは数巡前からテンパイ気配。打点は分からないが大ピンチではある。
場にはソーズが多く切られており2索で待てるテンパイが組めたら強いと思って作っていたがそうもいかなかった。
ここに対面から2索が切られる。
「ポン!」
そう! これは絶対にポンして打6だ。上家(メグミ)のツモ番をこの一瞬だけでも遅くするべきだからだ。
都合の良いことにソーズは全員に安全性の高い場面なので刻子と対子を切り替えるのに何のリスクもない。
ほんの一瞬の、でも確実に生き長らえるための―― 延命ポン。
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86.第十話 延命ポン 昨年度よりプロ麻雀師団はルール変更を行い、今までは採用していなかった持ち点ゼロを割ったら終了というルールをリーグ戦で採用することになった。これを通称『飛び終了』と言いフリー雀荘なら100%採用しているルールである。そのほかにも2人同時にアガリになった場合のルール『ダブロン』も採用した。 どうやら競技者(プロ)たちもフリー雀荘に沿ったルールにしておくべきであるという結論になったようだ。フリー雀荘と似通ったルールでやってこそ『プロは強いな』という話になるのだから。特殊なルールのサークルでてっぺん取ってもしょうがないのだ。 それに、飛び終了ルールは麻雀に戦術の深さを与えてくれる。つまり、見逃しや直撃狙いという条件作りだ。これを上手く計算して勝ち切る人こそが本物の強者だと言える。 そんなわけで、飛び終了のルールがある四回戦。ミサトはメグミの東場の猛連荘で飛ばされる寸前まで追い詰められていた。南2局一本場15巡目にミサトはこの手。ミサト手牌二三四③④22666(777)200点持ち ドラ二 ミサトは断ラスで現在は北家。2000点テンパイ中だ。 トップ目は上家のメグミでなんと72300点! メグミは数巡前からテンパイ気配。打点は分からないが大ピンチではある。 場にはソーズが多く切られており2索で待てるテンパイが組めたら強いと思って作っていたがそうもいかなかった。 ここに対面から2索が切られる。「ポン!」 そう! これは絶対にポンして打6だ。上家(メグミ)のツモ番をこの一瞬だけでも遅くするべきだからだ。 都合の良いことにソーズは全員に安全性の高い場面なので刻子と対子を切り替えるのに何のリスクもない。 ほんの一瞬の、でも確実に生き長らえるための―― 延命ポン。&
85.第九話 魂を削る 今日はプロリーグ第2節。「来たわね、井川プロ」「…お手柔らかに。成田先輩」 今節は打って変わってミサトの見せ場だった。 ミサトは持ち前の守備力を発揮して第2節の出だし3半荘は一度も放銃しなかった。それどころか親っ被りだって2000点しかしていない。ミサト曰く「ツモられ貧乏で負けた。は、言い訳。本物の守備職人は極力ツモらせないようにコントロールするもの」だと言う。 簡単な例を言えば自分は南家で北家からリーチを受けた。手の中には①②②③とあるとし②はリーチ宣言牌だとしたら。 とりあえずの②落とし?いやいや、②を二連打して①の横移動狙いとするのがツモらせない打ち筋。そのくらいがまあ、高い守備力の手順だと思う。 だが、ミサトならこの②をポンすることだろう。そして、鋭く読んでベタオリに徹する。これがミサトの守備だ。 ①がワンチャンスであることをいち早く全員に知らせる為なら鳴いてしまうのである(ワンチャンスなら、と①を勝負してくれる人がいるかも知らないから)それにより、一発もついでに消す。これがミサト流だ。だが、それは高い推理力を持っているから詰まないという自信に裏打ちされており誰にでも可能なものではない。 ミサトの麻雀は本当に『私は放銃しない』という自信に満ち溢れていて格好いいのである。 第2節のミサトは放銃ゼロのアガリ多数で怒涛の3連勝。ひとつひとつは堅実そのものだったがそれを何回も積み重ねて相手に付け入る隙を与えなかった。 そして四回戦「このまま終われない。私にも意地がある!」 そこから成田メグミの猛連荘が始まった。 一方、カオリはひたすら耐える麻雀だった。上手に打てていたが守るだけで精一杯。牌が揃わないことには
84.第八話 北の扱い「ちょっと私が打つので見ててください」と言ってナツミは雀ソウルの三人東風ストリートファイトを開始した。 「まず、北抜きは暗槓(アンカン)に近いものとして考えてください。新ドラは開示されませんが、ツモがもう一度来るしリンシャンという役が瞬間的に貰えて一発は消せると言う点では共通しています、それを踏まえてこれ」ノモノモ手牌②④④④2456689発中 北ツモ 3巡目ドラ8「北抜きは暗槓です。いまやる必要がありそうですか?」「いいえ、発か中あたり捨てとけばいいわね」「その通りです」7巡目②③④④④4556689北 4ツモ「テンパイしました。ここで北を抜きます。どうです? こうすればリンシャンの可能性があって得ですし決して無理なく持ってられましたよね」次巡ツモ③「四暗刻への進化がちらつきますが現実の待ちに期待出来ませんので③はツモ切りです」打③次巡ツモ①「あー、そっち先に引きますか。役無しだったら前巡打9索で戻してたからここで三面張リーチできましたけどね」打9次巡ツモ1「1索ですか。いいんじゃないでしょうか。多分誰も使ってません。迷彩も効いてるしドラ単騎をやめるだけの価値はありそうです。これを最終形として採用します」打8『リーチ!』次巡ツモ1『ツモ!』『リーチ一発ツモ一盃口裏1抜きドラ1…跳満!』
83.第七話 三人麻雀 野本ナツミは父親の影響で麻雀ゲームを中学の頃からやっており普段はケータイで『雀ソウル』というゲームをやっているようだった。とくに好んでやっているのは三人麻雀東風戦で、理由を聞いてみると「早いから」だそうだ。これはベテランあるあるで、どアマチュアの参加率がリアルとは比較にならないほど高い『インターネット』という環境だと1ゲームは長すぎて疲れてしまうという事がある。なので打ち慣れた人達はネットでは東風しかやらないというのはよくあるパターン。待ってられないのだ、テンポが遅くて。それに付け加えて三人麻雀を好むということはそれ即ち最速の勝負。 つまり、猛者が辿り着く最後の地のひとつが三人麻雀東風戦なのである。そこを棲家とする野本ナツミはそれだけで(只者ではなさそうだ)とユウに直感させていた。「雀ソウルは私もサトコもダウンロードしてあるわ。丁度いい、今からその普段からやってるって言う三人麻雀東風戦とやらを一緒にやってみて野本さんのその腕前を見せてもらいましょう」「いいですよ! じゃあ友人戦卓立てますので、参加してください!」ノモノモ(野本ナツミ)準備OK!ゆーちゃん(佐藤ユウ)準備OK!サトリ(浅野間サトコ)準備OK!──対局開始!!──東家サトリ南家ノモノモ西家ゆーちゃん『北を抜くわ』『北を抜くわ』 開局早々サトリが抜きドラの北を2枚抜いた。しかし、その後サトリからの攻めはなくゆーちゃんがリーチしてツモあがる。『ツモ!』『リーチツモピンフドラ1』3900点だ。この三人麻雀はツモ損というルールを採用しており普段4人麻雀だと子供2人から1300貰えたので1300+1300+2600=5200だった
82.第六話 リベロ夏実の守備範囲 その頃、麻雀部の方にまた1人新入部員が入っていた。浅野間サトコの中学の後輩だと言う。「1年の野本夏実(のもとなつみ)です。中学では浅野間先輩と同じバレー部でリベロやってました。相手の考えを読むことには長けているつもりです。よろしくお願いします!」「麻雀部に興味あるって言うから連れて来ちゃったんですけど。良かったですかね?」とサトコが言う。「もちろん、大歓迎よ。よろしく、野本さん。私は佐藤ユウ。野本さんは何で麻雀部に入ろうと思ったんですか?」「私、本当はアタックがしたかったんです。でも、背が小さいから。拾うのも大切だと思って拾いに徹していたらリベロに任命されてて。それはそれで楽しかったけど、でもいつかはアタックして攻撃の主軸になりたいと願っていました。でも……」「なるほど、身長がまるで伸びなかった……と」「はい……」 野本ナツミは身長150センチあるかどうか程度だった。これではアタッカーにはなれそうもない。「なので尊敬してた浅野間先輩と一緒に高校ではお料理でもしようかと思ったらそっちはメインじゃないって言うじゃないですか。それで、何をしてるのか聞いたら麻雀って。私、麻雀はお父さんがよくパソコンでやってるからやり方は一通り知ってるんです。自分で言っちゃいますけど結構強いんですよ。だから、私も混ぜてください!」「へえ、自分から強いって言えるほどか…… 特技とかはあるのかしら?」「特技ですか……そうですね、推理の幅が広いです。守備範囲とでも言いましょうか……。鋭さはありませんけど、柔らかいつもりです。この予想が外れたならこっちかな、という切り替えに長けています。これはリベロの時と同じなんで」「なるほど、リベロの守備範囲ね」「どこに打っても拾われるのでは? という圧迫
81.第伍話 アクセサリー(ねえ、woman)《なんですか》(womanってさ、痛覚とかあるの?) カオリは常々気になっていた。womanは痛いとかあるのか? と。どうも気にしてしまい伍萬を切る時だけはすごく慎重にそっと捨てている自分がいた。《ありませんよ。私は肉体はありませんから。魂だけの存在だと思ってください》(そうなんだ、良かった。なら作ってみたいものがあるの)《なんでしょう?》(うふふ~。なーいしょっ!) 翌日。カオリは手芸屋に行った。(えーっと……。ハンドドリルとヒートンと金属やプラスチックに使えるセメダイン、あとネックレスチェーンか……) 2260円で全部揃った。(よーし、これで作れるぞお!)『ひよこ』から貰ってきた予備牌の赤伍萬を今までは巾着に入れてそれをポケットに入れていたが、それだとポケットが無い時に困るということに気付いた。最近は暖かい日が多いので上着を羽織らない時もある。そういう時にwomanをポケットに連れて行けない時があるのでいっそペンダントにして首から下げちゃおうと思ったのだ。でも、ダイヤのついた赤伍萬キーホルダーはシイナさんから譲ってもらった大切な宝物だからあれは自分の部屋で管理するとして。普通の牌をペンダントトップにするにはドリルで穴あけしてヒートンという丸い金具を付けなければいけない。その道具を手芸屋で買ったのである。「よーし、やるわよお」《あっ、もしかして私。アクセサリーになるんですか?》「そーよ、これからは薄着の時でも毎日ずっと一緒~」《それは楽しみです♪ ありがとうございますカオリ》「じゃあ穴あけるからね。本当は痛いならすぐ言ってね!」《大丈夫ですってば》
80.第四話 コーヒーの研究 私は竹田梓(たけだあずさ)。夫と娘の3人で暮らしてる普通の主婦です。 近頃、娘の様子がどうもおかしい。いや、おかしくはないのか? というのも最近、娘はいつも部屋に籠って勉強している。いつもなら最低限の宿題などをやる以外は麻雀ゲームか1人麻雀をしてるのに。それでも成績は良いのであまり文句も言えないのだが、しかしそんなに遊んでばかりでいいのかと心配にはなる。が、最近は勉強してる。(あやしい) 最初はやっと3年生の自覚が出てきたのかと思っていたが、こんなにも変わるものだろうか。高校受験の時だって勉強らしい勉強はしなかった子なのに。なにがどうなっているのだろう。そもそも、娘はどこに進学する気なのだろう。 そう言えば、進学を希望しているかどうかも知らない。前回の進路調査では進学するとか言っていたけど、それだって真面目に考えてるわけじゃなさそうだった。単純に『進学』って言っとけば解決するんでしょ。みたいな感じで書いたのが見て取れた。(コーヒーのいい香りがする。コーヒー飲みながら真面目に勉強してる……。自分用のケトルまで買って部屋でコーヒー淹れてるな。ふむ) あやしいと思いつつも杏奈はいつも成績優秀だったので、まあ、大丈夫かと思っていた。 次の日も、その次の日も杏奈はコーヒーを飲みながら勉強していた。そしてふと気付く。(……こんなにコーヒー飲む子だったっけ?) すると杏奈の部屋に散らかっている本のタイトルが目に入ってきた。『美味しいコーヒーの淹れ方』『喫茶店で働くには』(なにこれ? もしや、最近ずっとやってる勉強はコーヒーの研究!?)「
79. 第三話 リンリン 「似合うかしら…… 変じゃない?」 「井川さんにピッタリだよ! やっぱり声かけてみて良かったなあ」 井川ミサトはメイド服を着ていた。小宮山はミサトを一目見た時からウチに欲しいと思っていたのだと言う。 近頃都内で店舗数を増やしている大人気メイドカフェ『リンリン』の新店が茨城県水戸市にもオープンした。その水戸店の店長が小宮山だということだった。 「まだオープンしたばかりでね、スタッフは足りてないんだ。バイト大募集中だから入りたいだけ入ってくれて構わないよ」 「それは助かります!」 「こちらこそだよ。そうだ、源氏名は何にしようか」 「私は雀士ですし、麻雀に絡ませたいですね」 (麻雀… 雀士… 麻雀にハマってる娘…) 「あさぬま……すずめ」 「えっ」 「麻雀の沼にハマった美少女。麻沼(あさぬま)スズメなんてどう?」 「美少女だなんて、ウフフ。それにしましょう!」 こうして、ミサトの金銭的な問題は解決した。ミサトは大学に通いながらバイトもたくさん入れて、ユウの家にも立ち寄っては麻雀部のみんなとも交流し、リーグ戦にも出場し休日には上野まで行き『麻雀ファイブ』で打つというスケジュールで、暇な日など全くない時間のない生活をしていた。 その日々は忙しい毎日ではあったが充実していた。井川ミサトは青春時代を目一杯楽しんで全力で駆け抜けていた。もちろん、移動の際の電車では相変わらず立ったまま。常に鍛える金髪美少女『護りのミサト』は、今日も肉体を強化して行く―― ◆◇◆◇ ユウの大会優勝を一番喜んだのはアンだった。 アンとユウはいつしか『アマチュアが親しみやすい競技麻雀講師となる』という同じ夢を目指す相棒になっていたので、その第一歩として挑戦したユウの競技麻雀界デビュー戦が最高の結果だったことを誰よりも喜んだ。 (ユウさんは自分のすべきことをしてしっかりと成果を上げてきた。私はどうしよう) アンは実は進学より就職を考えていた。喫茶店で働いてみたいなと。 雀荘と
78.第二話 小宮山の話 五明求道(ごみょうもとみち)がオーナーをしている『麻雀ファイブ』のレートは名前の通り0.5で、プロとは言えまだ学生のミサトにはレート1.0は高いから丁度良かった。(ちなみに、普段の『ひよこ』のレートはソフトピンと呼ばれるもので0.5よりは高いけど低レートの部類に属するもの。ファイブのレートとあまり動きは変わらない) 初めて行ったその日はチャラで帰れたが、ここで林彩乃から学んで行くには何度も通う必要がある。学生のミサトにそんな頻繁に通うお金があるわけは無かったしリーグ戦や大会の参加費だってどうやって稼ごうかという悩みもあった。ミサトの家はご両親が競技麻雀に理解を示してくれていて、プロ活動の費用は全て出してくれると言うのだが、そこは麻雀部いちストイックで頑固なミサトが甘えるわけがなかった。「自分でなんとかするから、大丈夫。パパとママは応援だけしてて」と相変わらずだった。しかし、ミサトはそれじゃあどうやってお金を工面するのかと言われると思い付かなくて困っていた。『ひよこ』はムリだ。もう人員は足りている。これ以上バイトが増えては今いるバイトの稼ぎを減らすことになる。そもそもカオリやマナミだって本来なら1人でやる労働時間を分けて半分ずつ稼いでるのだ。これ以上の分割は誰一人として満足する金額を貰えなくなる。 かと言って他にある近場の雀荘はセット雀荘しかなくて水戸のフリー雀荘はここだけだ。セット雀荘は店主1人で営業するのが基本形で他にスタッフがいたとしても家族経営な事が多く人員募集など絶対にしてない。 どうしたものかと頭を悩ませているミサトはとりあえず今日は『ひよこ』で勝って稼ごうとした、しかしその日は相手が悪かった。店内いちの勝ち頭、小宮山ハジメとの同卓である。「ツモ!」 小宮山が珍しく大きな声で発声した。それだけで手牌を開ける前からみんな察していた。これ、ヤバいやつだ。と。小宮山手牌南南北北西西西(七八九)